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zoom RSS 嗚呼 満蒙開拓団!! 植民学の常識と誤り

<<   作成日時 : 2009/06/14 18:05   >>

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今年は、中国建国60周年であり、「満州国」崩壊の夏(1945年終戦)からまもなく64年。
6月12日の読売新聞の記事「中国細見:嗚呼 満蒙開拓団」には、6月13日(土)から7月末迄、岩波ホールで上演される映画『嗚呼 満蒙開拓団』(監督・羽田澄子さん)のことが書かれていた。
歴史を振り返ると、1936年広田弘毅内閣は、「満州開拓移民推進計画」を決議し、1936年〜56年の間に500万人の日本人の移住計画を推進した。そして、それは1938年から27万人が海を渡り、満州に移住し、8万人が死亡、多くの中国残留日本人孤児を生んだ、悲劇的な結果を残した。
しかし、これには、昭和恐慌により、地方の農村地帯が病弊と困窮を極めており、農業従事者自らの強い移民志向があったという背景もあるので、時の内閣を一方的に責めることはできない。
また、学問の世界でも植民学が興隆し、国内の過剰な人口を海外へ植民することによって、切り抜けるやり方は日本だけではなく、列強と呼ばれる多くの国でも行われた政策でもあった。
それは、国際連盟事務次長を務め、第一次世界大戦直後のパリ講和会議に「人種的差別撤廃提案」を提出した、あの新渡戸稲造ですら、第一高等学校の入学式に校長として、「政治的に無能力で、経済的にも自立できず、知識欲もない朝鮮民族のような女性的で薄弱な国民は、日本の重荷になっている。日本は朝鮮という死せる国を復活せしめるため植民地に邁進しなければならない」と語ったほど、文明化の名のもとに、植民地支配が常識的に行われていた。
すでにドイツの哲学者ヘーゲルも、資本主義の生産と消費の矛盾を乗り越える方法に植民をあげていた。貧困な大衆に労働の機会を増やせば過剰生産となり、消費とのバランスを欠くので、そうした場合の人口調整が、植民地の建設だという訳だが、強国による一方的な算盤勘定である。そして、懲りもせず、今も世界のどこかで(例えば、イスラエルなど)相変わらず植民が行われている。
だから、私たちは戦争の悲劇を振り返る時、単純に軍の責任を論うだけでなく、そこに至った背景、つまり、この植民地という歴史と経済の仕組みを見直す必要があるだろう。そして、強国の独善的な学問と化していた植民学に反対できなかった(例えば、朝鮮の植民地化に反対した矢内原忠雄は東京大学を追われた)という歴史の事実を見詰め直し、植民学の誤りをしっかりと認める必要があるだろう。




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