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zoom RSS 麻生さんて人は?<吉田政権/オンリー・イエスタディ>

<<   作成日時 : 2009/05/10 01:30   >>

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麻生太郎さんという方が、どうして首相になったのか(いや、なれたのか)
疑問に思う人は大変多いと思う。マスコミなどを通じて聞くその言動には、
非難を越えて、冷笑を禁じえないものが多く、どう見ても首相に相応しい
人物とは思われない。
例えば最近の報道では、5月4日に開けれた日・欧州連合(EU)定期首脳
協議後の共同会見では、チェコの国名を昔のチェコスロバキアと言い違い
をしており、これが外相を経験した首相の発言かとその能力に疑問符がつ
くし、外交の場で相手の国名を間違えるとは、失礼極まりない事である。
また、5月7日の衆議院予算委員会では、少子化対策に関連し、「私は43
歳で結婚してちゃんと子どもは2人産んだから、最低限の義務を果たした
ことになるのかもしれない」という発言をしている。この人は多分、合計特
殊出生率は2.1以上でないと人口を維持できないことは知らないだろうし、
それよりもなお少子化に至る社会情勢を全く分かっていないことが判る。
つまり、看板に偽りありで、外交も経済も社会も全く理解していない人で、
資質、能力、態度、見識など、すべての点で一国のリーダーには相応しく
ないということである。その方が、百年に一度の危機に立ち向かうリーダー
であるということは余裕とみるべきか、日本はつくづく平和な国なのだと
実感する今日この頃である。
そう言えば、英有力紙フィナンシャル・タイムズでは「貴族的家柄で失言と
偏愛的な青年向け漫画愛好家である麻生太郎」と表され、国外でも漫画
好きの政治家と認知されているが、今の日本の政治そのものが滑稽で
漫画になっているのかも知れません。
麻生太郎という戦後最悪の首相は、吉田茂のお孫様以外の何者でもなく、
その吉田内閣が総辞職した政界激動の年は1954年(昭和29年)だった。
この年は、自衛隊が発足し、台風15号の猛威により青函連絡船洞爺丸が
遭難し、ビキニ環礁での水爆実験により第五福竜丸が死の灰を浴びた年
でもあった。また、映画ブームの年で、マリリン・モンローが新婚旅行の途
中で来日し、オードリー・ヘップバーン主演の「ローマの休日」が東京日比谷
劇場で38日間のロングランを記録し、暮れには「ホワイト・クリスマス」が
封切られ、ビング・クロスビーが歌う主題歌が大ヒットした。国際映画祭では
「地獄門」(衣笠貞之助監督)がカンヌ映画祭グランプリ、「七人の侍」(黒澤
明監督)と「山椒大夫」(溝口健二監督)がともにヴェネチア映画祭銀獅子賞
を受賞した。「ゴジラ」や「二十四の瞳」など、映画館は連日長蛇の列だった。
街頭テレビには、力道山・木村対シャープ兄弟の試合を見ようと市民が殺到
した。新橋の街頭テレビには2万人の人だかりができた程、プロレスが大ブ
ームとなり、テレビの普及に一役買った。「♪やっぱり森永ね」(森永製菓)と
テレビCMソング第1号も登場した。そして、スペイン内乱中に撮影した「崩れ
落ちる兵士」の写真で有名なロバート・キャパは、やはり戦場で命を落した。

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